⑬ COSMOSILを使用した分析条件設定法
はじめに
逆相クロマトグラフィーでは、オクタデシル(C18)基をシリカゲルに結合させた充填剤が固定相として頻繁に使用され、種々の化合物の分離に適用されています。しかし、逆相クロマトグラフィーで分析を行うための条件を設定する際には、文献や、各メーカーが提供する分析例を参考とする方法や、経験に基づく方法で条件設定が行われています。
ここでは、従来から一般的に行われている分析条件の設定法と、あらかじめ構造式が判明しているサンプルを分析する際に、その構造式より分析条件を設定する、簡易条件設定法を示しました。ただし、この方法は、目的化合物がある程度保持され、比較的短時間(30分以内)で溶離できる移動相中の有機溶媒濃度を推定するためのもので、最適の分離条件を決定できるものではありません。
なお、今回の分析条件設定には、分析用カラムとして最も一般的であると思われるカラムを使用し、それを以下に示しました。
充填剤:COSMOSIL 5C18-MS-II、COSMOSIL 5C18-AR-II
カラムサイズ:内径4.6mm、長さ150mm
分離条件の設定法
液体クロマトグラフィーは、移動相組成変化させずに溶離を行う「イソクラティック溶離法」と、分析中に移動相の有機溶媒含量を変化させる「グラジエント溶離法」が用いられます。どちらにおいても再現性を保証するためには、移動相の一定した調製方法、カラムの温度制御が必要です。
イソクラティック溶離法
一般的な逆相クロマトグラフィーにおける分離条件の設定は次のように行われています。まず、溶離力の強い溶媒を移動相に用いてサンプルを溶離し、サンプルが検出できるか確認してから、保持の大きさを調節して分離を行います。保持の大きさは移動相組成を変化させて調節します。
このとき、溶離力の強い有機溶媒濃度を増加すると保持は小さく(短く)なり、減少させると保持は大きく(長く)なります。
酸やアミン類などイオン解離性のサンプルを分析する場合、緩衝液でのpH制御が必要になります。サンプル(溶質)がイオン化するpKa付近のpHで、保持が急激に減少することを利用するイオン化制御法と、溶質がイオンとして存在しているpHにおいて、イオンペア試薬(塩基性化合物に対してはアルキルスルホン酸塩、酸性化合物に対しては四級アンモニウム塩など)を移動相中に添加して溶質とイオン対を形成させるイオン対クロマトグラフィー法とがあります。
一般的に行われている分析条件の設定手順(例)
- 溶離力の強い移動相を使用してサンプルが検出可能か確認します。このとき、カラムを接続せずに注入器と検出器を直接接続しても検出可能か確認することができます。
- 文献例やサンプルの炭素数を参考に、溶離力が強めのメタノール−水系移動相、C18系カラムで溶離するか確認します。
- メタノール含有量を調節して、k'値を2〜20として分析を行います。
- 分離が不充分であれば、移動相とする有機溶媒をアセトニトリルにするか、テトラヒドロフランを移動相中に添加して、選択性に変化を与えます。
- 塩基性化合物などで、ピーク形状が悪い場合(テーリングなど)、移動相に緩衝液を添加して、pHを制御します。
- 移動相の調節で良好な分離が得られない場合、カラムを他のC18系充填剤か他種の充填剤(アルキル系充填剤、芳香族系充填剤など)に変えます。
この方法では(3)~(5)の段階で経験に頼ることが多く、分析条件の設定は手間のかかる作業となります。
グラジエント溶離法
グラジエント溶離法は、移動相の有機溶媒含有量を(連続的に)変化させる溶離法です。サンプルである溶質の疎水性や分子量が広範囲でサンプル全体の溶出時間が長すぎる場合や、わずかな有機溶媒含有量の差で保持が大きく変化する場合の分離時間の短縮に有効で、ペプチドなどの高分子量の化合物の分離には欠かすことのできない溶離法です。
この方法は逆相クロマトグラフィー系の平衡が極めて速いことを利用していますが、示差屈折検出器は使用できないという問題点もあります。この溶離法の設定には経験に頼る部分が大きいため、ここでは省略させて頂きます。
簡易条件設定法
逆相クロマトグラフィーには、順相クロマトグラフィーの条件設定に利用されている、薄層クロマトグラフィーのような簡便な分離条件の設定法がありません。そのため、特に移動相組成(有機溶媒濃度)の決定について、試行錯誤を繰り返すことになりがちです。
ここでは、分析対象化合物の構造がすでに判明している場合に、移動相中の有機溶媒濃度を簡単に設定できる考え方をご紹介します。
基本骨格の最適有機溶媒濃度 + 置換基の効果 = 分析対象化合物の最適有機溶媒濃度
条件設定
図1に示すような基本的な構造をもつ化合物(基本骨格)の保持時間を基準に、ヘテロ原子や置換基が保持時間に与える影響を考慮して条件設定を行います。
図1 条件設定に用いる基本骨格の構造
(1) まずはじめに、図1から分析対象化合物の構造と類似する基本骨格を選びます。そして表1を参考に有機溶媒濃度を設定します。
表1 主な基本骨格となる化合物の保持時間
主な基本骨格 となる化合物 |
カラム | 各メタノール濃度でのおよその保持時間(分) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
80% | 70% | 60% | 50% | 40% | 30% | 20% | ||
Benzene | 5C18-MS-II | -- | 4 | 7 | 11 | 20 | -- | -- |
5C18-AR-II | -- | 4 | 7 | 13 | 23 | -- | -- | |
Naphthalene | 5C18-MS-II | 5 | 8 | 18 | -- | -- | -- | -- |
5C18-AR-II | 5 | 10 | 22 | -- | -- | -- | -- | |
Diphenyl | 5C18-MS-II | 8 | 13 | -- | -- | -- | -- | -- |
5C18-AR-II | 7 | 15 | -- | -- | -- | -- | -- | |
Quinoline | 5C18-MS-II | -- | -- | -- | -- | 6 | 11 | -- |
5C18-AR-II | -- | -- | -- | -- | 8 | 17 | -- | |
Caffeine | 5C18-MS-II | -- | -- | -- | -- | -- | 4 | 9 |
5C18-AR-II | -- | -- | -- | -- | -- | 4 | 9 |
カラム:COSMOSIL 4.6mmI.D.×150mm 流速:1.0ml/min 検出:UV 254nm
(2) 次に、表2を参考に有機溶媒濃度を加減します。
表2 複素環、多環芳香族のときの有機溶媒濃度の加減
複素環、多環芳香族の種類 | サンプル例 | 5C18-MS-II | 5C18-AR-II | |
---|---|---|---|---|
共役系の環1個 | ベンゼンなど | +10% | +10% | |
複素環ヘテロ原子 | S1個 | チオフェンなど | ±0% | ±0% |
O1個 | フランなど | −5% | −5% | |
N1個 | ピリジンなど | −20% | −10% | |
カルボニル基1個 | キノンなど | −5% | −5% | |
二重結合1個 | -- | −5% | −5% |
(3) 次に、表3を参考に置換基の種類によって有機溶媒濃度を加減します。
表3 置換基の効果
置換基 | メタノール濃度の変化 | |
---|---|---|
5C18-MS-II | 5C18-AR-II | |
-F | 0 | 0 |
-Cl | +10% | +10% |
-Br | +10% | +10% |
-I | +20% | +15% |
-CONH2 | −40% | −40% |
-COCH3 | −10% | −10% |
-COOCH3 | 0 | 0 |
-OCH3 | 0 | 0 |
-CHCH2O | −10% | −10% |
-CH2OH | −30% | −30% |
-OH | −30% | −30% |
-NO2 | −10% | −5% |
-CN | −20% | −15% |
-NH2 | −40% | −30% |
-SCH3 | +10% | +10% |
置換基 | メタノール濃度の変化 |
---|---|
-CH2- (Alkyl-chain) 基本骨格のMeOH濃度が |
|
100~90% | 4個で+10% |
90~80% | 3個で+10% |
80~60% | 2個で+10% |
60%以下 | 1個で+10% |
-Phenyl 基本骨格の MeOH濃度が |
|
100~90% | 1個で+5% |
90~60% | 1個で+10% |
60%以下 | 1個で+20% |
カラム:COSMOSIL 4.6mmI.D.×150mm 流速:1.0ml/min 検出:UV 254nm
*置換基の位置によって効果が多少ずれることがあります
(4) さらに、解離性置換基をもつ化合物の場合、移動相のpHが保持に大きく影響しますので、移動相のpHを一定に制御する必要があります。表4に酸性(pH 2)と中性(pH 7)での置換基が保持に与える影響を示しました。表4に示す量だけ移動相中の有機溶媒濃度を減少すると、保持時間はその置換基で置換されていない化合物の保持時間とほぼ同じになります。
表4 主な解離性置換基の有機溶媒濃度に対する効果
解離性置換基 | メタノール濃度の 変化(pH 2) |
メタノール濃度の 変化(pH 7) |
---|---|---|
-COOH | −10~20% | −30~40% |
-SO3H | −20~40% | −30~40% |
-PO4H2 | −20% | −50% |
-BO2H2 | −20% | −20% |
-NH2(分子型) | −60% | −10% |
(環状アミン) | −50~60% | −10~20% |
(イオン型) | ------ | −40~50% |
カラム:COSMOSIL 5C18-MS-II 4.6mmI.D.×150mm
緩衝液:pH 2;20mmol/l H3PO4
pH 7;20mmol/l H3PO4/Na2HPO4= 2/3
流 速:1.0ml/min
検 出:UV 254nm
条件設定例
カラム:COSMOSIL 5C18-MS, 4.6mmI.D.×150mm
(1) 5 -Benzyloxyindole
- <予測>
- 基本骨格 Naphthalene類似+(複素環N)
=70%+(−20%)
=50%
置換基(Phenyl)+(-OCH2-は-OCH3と同等)
=(+10%)+(+0%) - 基本骨格+置換基=50%+(+10%)=60%
- <結果>
- 60%メタノール(メタノール:水=60:40)における保持時間=13.7分
図25 -Benzyloxyindoleの分析
(2)Homovanillic Acid
- <予測>
- 基本骨格 Benzene=60%
非解離性置換基 (-OH)+(-OCH3)+(-CH2)
=(-30%)+(0%)+(+10%)=-20%
解離性置換基 -COOH=−10~−20%(pH 2)
−30~−40%(pH 7) - 基本骨格+置換基 =酸性領域(pH2)で30~20%
中性領域(pH7)で10~0%のメタノール濃度が必要 - <結果>
- pH 2のとき 30%メタノールにおいて
保持時間=5.7分
20%メタノールにおいて
保持時間=11.7分 - pH7のとき 10%メタノールにおいて
保持時間=4.0分
0%メタノールにおいて
保持時間=12.1分
図3 20%メタノール、 pH2での分析
※ 解離性化合物の保持予測では、分子固有の解離状態が保持時間に影響を及ぼすために算出した有機溶媒濃度に対して、実際には±10%程度の誤差を生じる場合があります。
カラムの保管
緩衝液などの塩類を含まない移動相で使用されたカラムを、数日間程度保管される場合、カラム内部が乾燥しないように密栓を取り付け、なるべく温度変化や埃の少ない場所で保管して下さい。
塩類を含む移動相を使用されたカラムを保管される場合、水をカラムに送液して塩類を除去した後、50%以上の有機溶媒を含む移動相で置換して下さい。塩類を含む移動相で保管された場合、溶媒の揮発により結晶が析出し、カラム内部や配管を詰まらせ、錆の原因にもなります。また、有機溶媒を含まない移動相で保管された場合、微生物が発生してやはり詰まる原因になりますので、有機溶媒を含む移動相で保管して下さい。しかしながら、塩類を含む移動相から直接有機溶媒へ置換された場合、塩類の除去効率が悪く、結晶析出の原因になりますので、置換操作にはご注意下さい。