光学分割ラベル化剤 L-FDVDADL-allo-Thr と DL-allo-Ile を含むペプチドの配列解析
はじめに
スレオニン(Thr)とイソロシン(Ile)の 4 種類の立体異性体を含む 43 個の DL-アミノ酸を、光学分割ラベル化剤 L-FDVDA とコスモシール 3C18-AR-II カラムおよび 3PBr カラムを用いて、液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)により分離・識別することができましたので、紹介します。本研究成果は、Chemical and Pharmaceutical Bulletin. 2023, 71, p. 824-831. に掲載されています。
Thr と Ile の立体異性体について
生体内に存在するアミノ酸の大部分は L 体ですが、近年の分析技術の進展に伴い、D 体のアミノ酸も生体内に存在し、さまざまな機能を担うことが明らかにされてきました。Thr と Ile は、その他のアミノ酸とは違い、2 つの不斉炭素を持つことから、4 種類の立体異性体(DL-form と DL-allo-form)が存在します[図 1(a)]。その中でも、DL-allo-Ile は、抗菌活性やがん細胞の増殖抑制を示す生理活性ペプチドに含まれることや[図 1(b)]、指定難病であるメープルシロップ尿症のバイオマーカーとして注目されていることから、これらの異性体を含めた DL-アミノ酸を分離・識別する手法の確立が急務となっています。
図 1. (a)Ile の 4 種類の立体異性体の構造、(b)D-allo-Ile を含む環状ペプチド Surugamide A の構造
現在、DL-Thr と DL-allo-Thr は、その他の DL-アミノ酸と同様に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて、キラルカラムでの分離、もしくは、キラルラベル化剤により誘導体化(ラベル化)した後、汎用的に使用されている C18 カラムで分離することができます。しかしながら、DL-Ile と DL-allo-Ile、同一分子量である DL-ロイシン(Leu)の分離は非常に難しく、精密に分離することができる分析法は確立されていません。そこで弊社が販売している高感度タグを修飾した光学分割ラベル化剤 L-FDVDA[図 2(a)]とペンタブロモベンジル基を修飾したコスモシール PBr カラム[図 2(b)]を用いて、DL-Ile と DL-allo-Ile、DL-Leu を分離することを試みました。
図 2. (a)L-FDVDA の構造、(b)C18 カラムと PBr カラムの固定相の構造
L-FDVDA を用いてラベル化した DL-アミノ酸の LC-MS 分析
DL-アミノ酸ラベル化キット(ラベル化剤 : D-FDLDA #19942-74)の各種反応溶液を使用し、L-FDVDA で DL-アミノ酸をラベル化した後、C18 カラムを用いて、LC-MS で分析しました。
図 3. L-FDVDA を用いた DL-アミノ酸のラベル化プロトコール
L-FDVDA を用いたアミノ酸のラベル化手順
図 3 に示すラベル化のプロトコールにより、DL-アミノ酸を L-FDVDA を使用しラベル化することで、DL-allo-Thr を含めた 21 種類の DL-アミノ酸およびグリシン(Gly)の 41 個のアミノ酸を、汎用的に使用される C18 カラムを用いて、LC-MS により分離・識別することができました(図 4)。
Analytical conditions | ||
---|---|---|
図4. L-FDVDA でラベル化した DL-アミノ酸を C18 カラムを用いて分析した LC-MS クロマトグラム |
LC conditions | |
Column | COSMOSIL 3C18-AR-Ⅱ 3.0 mm I.D. × 150 mm |
|
Mobile phase | A: Acetonitrile / H2O / Formic Acid = 10 / 90 / 0.1 B: Acetonitrile / H2O / Formic Acid = 50 / 50 / 0.1 B conc. 10% → 70%(0 → 60 min)Linear gradient |
|
Flow rate | 0.4 mL/min | |
Temperature | 40℃ | |
MS conditions | ||
Ionization | ESI/APCI(positive mode) | |
Mode | SIM | |
Nebrizing gas flow | 2.0 L/min | |
Drying gas flow | 5.0 L/min | |
Heating gas flow | 7.0 L/min | |
DL temperature | 200℃ | |
Desolvation temperature | 450℃ | |
Interface voltage | 3.0 kV |
PBr カラムを用いた DL-Ile と DL-allo-Ile の分離・識別
L-FDVDAでは、L-Ile と L-allo-Ile はベースライン分離することはできませんでしたが、ラベル化剤を D-FDLDA(DL-アミノ酸ラベル化キット)に変更することで、溶出順が逆になり分離が改善しました(図 5)。
図 5. ラベル化剤とカラムを変更して分析した際の、DL-Ile と DL-allo-Ile、DL-Leu の HPLC クロマトグラム
Analytical conditions | |||
---|---|---|---|
C18 conditions | PBr conditions | ||
Column | COSMOSIL 3C18-AR-Ⅱ 3.0 mm I.D. × 150 mm |
Column | COSMOSIL 3PBr 3.0 mm I.D. × 150 mm |
Mobile phase | A: Acetonitrile / H2O / Formic Acid = 20 / 80 / 0.1 B: Acetonitrile / H2O / Formic Acid = 50 / 50 / 0.1 B conc. 10% → 60%(0 → 30 min)Linear gradient |
Mobile phase | A: Methanol / H2O / Formic Acid = 70 / 30 / 0.1 B: Methanol / Formic Acid = 100 / 0.1 B conc. 0% → 0% → 30%(0 → 10 → 30 min, L-FDVDA)Linear gradient 5% → 5% → 45%(0 → 10 → 30 min, D-FDLDA)Linear gradient |
Flow rate | 0.4 mL/min | Flow rate | 0.4 mL/min |
Temperature | 40℃ | Temperature | 40℃ |
Detection | UV 340 nm | Detection | UV 340 nm |
Thr と Ile の立体異性体を有するペプチドの配列解析
表1. Thr と Ile の立体異性体を有する ShK 毒素の部分配列
図 6. 本研究におけるペプチド配列解析のプロトコール
加水分解時の注意点 ☞ 加水分解操作の際は、コンタミ防止のため、必ず手袋を着用してください(タンパク質成分の混入を防止)。 ☞ ペプチドの配列によっては、分解しづらい場合があります。ペプチドの未分解物由来のピークが確認された場合は、加水分解時間を長くしてください。 |
アミノ酸ラベル化前のペプチドの加水分解方法
ラベル化した各ペプチドの加水分解サンプルを LC-MS で解析したところ、各ペプチドの Thr と Ile の立体異性体を精密に分離・識別することができました(図 7)。その他アミノ酸の LC-MS の結果は、論文の Supplementary Information をご参照ください。
※Ile の立体異性体以外の DL-アミノ酸は各アミノ酸同士でピークが重なるため、C18 カラムで分析することを推奨します。
図 7. 各ペプチドの加水分解サンプルの Thr と Ile の立体異性体の LC-MS クロマトグラム
C18 Conditions | PBr Conditions | Column | COSMOSIL 3C18-AR-Ⅱ 3.0 mm I.D. × 150 mm |
Column | COSMOSIL PBr 3.0 mm I.D. × 150 mm |
---|---|---|---|
Mobile phase | A: Acetonitrile / H2O / Formic Acid = 10 / 90 / 0.1 B: Acetonitrile / H2O / Formic Acid = 50 / 50 / 0.1 B conc. 10% → 70%(0 → 60 min)Linear gradient |
Mobile phase | A: Methanol / H2O / Formic Acid = 70 / 30 / 0.1 B: Methanol / H2O / Formic Acid = 100 / 0.1 B conc. 0% → 0% → 30%(0 → 10 → 60 min)Linear gradient |
Flow rate | 0.4 mL/min | Flow rate | 0.4 mL/min |
Temperature | 40℃ | Temperature | 40℃ |
本分析法は、血漿や食品中の遊離アミノ酸のラセミ化やエピメリ化だけでなく、生理活性を有するタンパク質やペプチド中の、Thr と Ile の立体異性体を含む DL-アミノ酸を検出することができると考えられます。そのため、メープルシロップ尿症や、Ile 立体異性体をバイオマーカーとした診断法、微量の新規生理活性タンパク質やペプチドの高感度配列解析などの研究への利用が期待できます。