光学分割ラベル化剤 L-FDVDA全アミノ酪酸の構造異性体と鏡像異性体の一斉分析
はじめに
アミノ酪酸の全ての構造異性体と鏡像異性体を光学分割ラベル化剤 L-FDVDA で誘導体化(ラベル化)することによって、コスモシール 3C18-EB カラムを用いて、液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)により分離・識別することができましたので、紹介します。本研究成果は、Analytical Methods. 2023;15:6648-55.のFront Cover に掲載されています。本研究は京都大学大学院 薬学研究科 創発医薬科学専攻 システムケモセラピー ・制御分子学分野と共同で遂行されました。
アミノ酪酸の構造異性体と鏡像異性体
アミノ酪酸には図 1(a)に示すように、5 つの構造異性体が存在し、その内 3 つは鏡像異性体を有しています。その中でも、3-アミノイソ酪酸(BAIBA)は、運動によって筋肉から分泌され、脂肪の燃焼、インスリン、トリグリセリド、コレステロールの調節など、細胞の代謝において重要な役割を担っており、近年ではさまざまな疾患に対する運動効果のバイオマーカーとして注目されています[図 1(b)]。これらの異性体はそれぞれに独自の生理機能を有していることから、各アミノ酪酸の生理メカニズムを詳細に解析するためには、それぞれの構造異性体と鏡像異性体を精密に分離・識別する必要があります。
図 1. (a)アミノ酪酸の構造異性体と鏡像異性体の構造、(b)BAIBA の生理機能の概要図
現在、アミノ酪酸の分離は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)や二次元 HPLC、LC-MS/MS を用いて、キラルカラムで分離されるか、もしくは光学分割ラベル化剤によりラベル化した後、汎用的な C18 カラムで分離されています。しかしながら、8 種類全てのアミノ酪酸の構造異性体と鏡像異性体の一斉分離ならびに、これらを高感度に検出することができる分析法は確立されていませんでした。そこで、弊社が販売している高感度タグを修飾した光学分割ラベル化剤 L-FDVDA(図 2 左)とコスモシール 3C18-EB カラムを用いて、LC-MS により全アミノ酪酸を一斉に分離・識別することができる分析法の確立を試みました。また、アミノ酪酸の一斉分離の研究報告で使用されている L-FDVA(図 2 右)を用いて、各アミノ酪酸の分離挙動と MS 感度を本分析法と比較しました。
図 2. 高感度光学分割ラベル化剤 L-FDVDAと既存の光学分割ラベル化剤 L-FDVAの構造
L-FDVDA を用いてラベル化した DL-アミノ酸の LC-MS 分析
図 3. L-FDVDA を用いたアミノ酪酸のラベル化プロトコル
動画のラベル化法 2 を参考にしてください。
L-FDVDA と L-FDVA でラベル化したアミノ酪酸の分離の比較
Conditions | |||
---|---|---|---|
Column | COSMOSIL 3C18-EB 2.0 mm I.D. × 150 mm |
Flow rate | 0.2 mL/min |
Mobile phase | A: Methanol / H2O / Formic Acid = 30 / 70 / 0.1 B: Methanol / H2O / Formic Acid = 60 / 40 / 0.1 B conc. 10% → 35% → 100%(0 → 40 →60 min, L-FDVDA) 30% → 60% → 100%(0 → 40 →60 min, L-FDVA) |
Temperature | 40℃ |
Detection | UV 340 nm |
図 4. L-FDVDA と L-FDVA でラベル化した全アミノ酪酸の HPLC クロマトグラム
L-FDVDA と L-FDVA のどちらでラベル化したサンプルにおいても 8 本のピークが確認されました。それぞれのラベル化剤におけるピークが近接したアミノ酪酸の分離度(Rs)を算出したところ、GABA(ピーク 3)と D-BAIBA(ピーク 4)の Rs は 4.35(L-FDVDA)と 1.54(L-FDVA)、D/L-BAIBA(ピーク 4 と 5)の Rs は 1.06(L-FDVDA)と 0.90(L-FDVA)であり、L-FDVDA の方が分離に優れていることが示されました。
ラベル化した各アミノ酪酸の安定性評価
図 5. ラベル化した各アミノ酪酸の 1 日後と 7 日後のピーク面積値の変化
血清の前処理方法
図 6. 血清の前処理方法
血清中のアミノ酪酸の分析における既存の光学分割ラベル化剤との MS 感度の比較
Conditions | |||
---|---|---|---|
Column | COSMOSIL 3C18-EB 2.0 mm I.D. × 150 mm |
Flow rate | 0.2 mL/min |
Mobile phase | A: Methanol / H2O / Formic Acid = 30 / 70 / 0.1 B: Methanol / H2O / Formic Acid = 60 / 40 / 0.1 B conc. 10% → 35% → 100%(0 → 40 →60 min, L-FDVDA) 30% → 60% → 100%(0 → 40 →60 min, L-FDVA) |
Temperature | 40℃ |
Detection | ESI/APCI(DUIS)(positive mode) | ||
Mode | SIM(m/z: 455.5) | ||
Injection vol. | 5 µL |
図 7. (a)L-FDVDA と(b)L-FDVA を用いてラベル化した標準サンプルと血清中のアミノ酪酸の LC/MS クロマトグラム
L-FDVDA でラベル化したサンプルでは、ヒト血清でのみ D 体 L 体両方の BAIBA が検出され、L 体よりも D 体の BAIBA の含有量が高いことが示されました。L-AABA と GABA は全ての動物種で検出されましたが、L-AABA の含有量はヒト>ヤギ>マウス、GABA の含有量はマウス>ヤギ>ヒトの順に高いことが示されました。以上の結果より、動物種ごとにアミノ酪酸の含有量が大きく異なっていることが示されました。一方、L-FDVA でラベル化したサンプルにおいては、L-FDVDA でラベル化したサンプルよりも全体的にピーク強度が小さくなっただけでなく、L-FDVDA では検出されていたヒト血清の GABA および L-BAIBA のピークは検出されませんでした[図 7(b)]。このことから、L-FDVDA でラベル化することで、感度よく各アミノ酪酸を分離・識別できることが示されました。
食品中のアミノ酪酸の分析
Conditions | |||
---|---|---|---|
Column | COSMOSIL 3C18-EB 2.0 mm I.D. × 150 mm |
Flow rate | 0.2 mL/min |
Mobile phase | A: Methanol / H2O / Formic Acid = 30 / 70 / 0.1 B: Methanol / H2O / Formic Acid = 60 / 40 / 0.1 B conc. 10% → 35% → 100%(0 → 40 →60 min) |
Temperature | 40℃ |
Detection | ESI/APCI(DUIS)(positive mode) | ||
Mode | SIM(m/z: 455.5) | ||
Injection vol. | 5 µL |
図 8. L-FDVDA を用いてラベル化した標準サンプルと食品中のアミノ酪酸の LC/MS クロマトグラム
L-AABA の含有量はホウレンソウの方が高く、GABA の含有量はトマトの方が高いことが示されました。D/L-BAIBA はホウレンソウにのみ検出され、L 体の BAIBA の方が含有量は高いことが示されました。本分析法は、糖尿病や脂質異常症などの診断、代謝メカニズムや植物の免疫システムの解明など医療分野や生化学での研究に利用することが期待できます。
参考文献
※ Featured on Front Cover