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液体クロマトグラフィーの基礎

はじめに

<液体クロマトグラフィーの歴史>

クロマトグラフィーの名称は、1906〜1907年にTswettが吸着剤にチョーク粉末(CaCO3)を用いて葉緑素を分離したことに由来しています。 その後、この吸着クロマトグラフィー以外に、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィーが創始され、1971年にKirklandが液体クロマトグラフィー用の化学結合型充填剤の製造に成功し、これによって今日では重要な分析法の一つである高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の基礎が確立しました。

HPLCの分離モードと特長

HPLCは基本的に表1に示すように分類されています。

表1 HPLCの分類

種 類 特徴
順相クロマトグラフィー シリカゲル、アルミナなどの吸着剤を充填剤に用い、溶質は充填剤に対する吸着力の相違によって、 各々異なった速度で移動することにより分離されます。充填剤に吸着しやすいほど、溶質の移動速度は遅くなります。
逆相クロマトグラフィー 溶質は移動相と固定相に分配され、この2液相間への分配の相違による移動速度差によって分離されます。固定相に分配されやすいほど、溶質の移動速度は遅くなります。充填剤には、シリカゲルに固定 (オクタデシル基、オクチル基、フェニル基、シアノ基など)を化学結合されているものが多用されています。これらは熱や加水分解には安定ですが、強酸・強塩基性移動相を使用することはできません。 固定相の種類、濃度、分布、充填剤の表面状態などが分離に影響します。
イオン交換
クロマトグラフィー
固定相であるイオン交換体の官能基に対イオンが結合して中和状態になっており、荷電した溶質は固定相に結合している対イオンとイオン交換反応を行います。溶質は固定相への親和性の相違による移動速度差によって分離されます。充填剤にはデキストラン交換体、セルロース交換体、ポリスチレンイオン交換体などがあります。イオン交換基には陽イオン用としてSP、CM、陰イオン用としてDEAE、QA などが使用されています。分離性能を左右するイオン交換容量はイオン交換体粒子の形状や種類によって異なります。
サイズ排除
クロマトグラフィー
充填剤の細孔径より小さい溶質は細孔内に浸透し、細孔径より大きい溶質は細孔内に浸透しないことを利用し、溶質の大きさ(分子量)によって分離されます。主に高分子(分子量2000以上)の分離に用いられます。充填剤にはデキストラン、ポリアクリルアミドなどの膨張型ゲルとシリカゲル、ガラスなどの無機系ゲルがあります。

HPLCの分離機構

ここでは最も利用頻度の高い逆相クロマトグラフィーにおける分離について考えてみます。混合サンプルがカラム中に注入されると、疎水性の低い溶質(A)は移動相に長時間分配され、移動相の流れとともにより長い距離を移動します。逆に疎水性の高い溶質(B)は固定相に長時間分配されるため、移動距離が短くなります。そのため、移動相により長時間分配される溶質から順にカラム中から流れ出て、溶質が分離されます。


図1 分離の様子

クロマトグラム

カラムから溶質が流れ出る現象を溶離と言い、溶質がカラム中に注入されてから溶離するまでに要した時間を保持時間と言います。その保持時間を横軸に、溶質の濃度分布を縦軸に表したものをクロマトグラム(図2)といいます。このクロマトグラムから以下のデータが読み取れます。


図2 クロマトグラム

t0:移動相のカラム通過時間
固定相に全く保持されない物質(ex:Uracil)の溶離時間
tR:保持時間
ピーク頂点からベースラインに垂線を下ろし、その交点から分析開始点までの距離
h:ピーク高さ
ピーク頂点からベースラインに下ろした垂線の長さ
W1/2: 半値幅
ピーク高さの半分でのピーク幅
k'(capacity factor):各サンプルの保持比、(tR-t0)/t0
この値が大きいほど、担体に結合されている固定相の量が多いことを示しています。同一カラムで同一条件(充填剤、移動相、温度)のとき各サンプルに固有の値です。
N(theoretical plate):理論段数、5.54(tR/W1/2)
カラムが複数の段から構成されていて、その一つ一つで分離が起こっていると考えたとき、その段の数を計算した値です。
この値が大きいとカラム性能が高いことを示し、充填剤の性能や充填状態に左右されます。
S(peak asymmetry):ピーク対称性(S)、W/Wa
Wa=ピーク高さの1/10で垂線から前のピーク幅、 Wb=ピーク高さの1/10で垂線から後ろのピーク幅
この値が1のとき最も対称性の良いピークとなり、1より大きいとテーリング、小さいとリーディングしていることを示します。 テーリングやリーディングの現象は、充填剤の性能や充填状態が悪いときだけでなく、分析条件がサンプルに適していないときや 負荷量が多すぎるときにもみられます。
α(separation factor):分離係数、k'2/k'1 (k'1、k'2 は各サンプルの保持比)
この値が大きいと、2つのピークが離れていることを示します。同一カラムで分析条件、サンプルが同じであれば、通常一定となります
Rs(resolution):分離度、{√N/4}・{(α-1)/α}・{ k'2/(1+k'2)}
2つの成分が分離できているかどうかの目安となる数値です。
Rsが1.5のときに2つのピークがほぼ完全に分離された状態であり、それより小さければピークの一部が重なっていることを示しています。

HPLC装置

HPLC 装置は基本的に図3 に示した構成になっており、移動相の流れに沿って移動相貯槽、ポンプ、インジェクター、カラム、検出器、記録計の順に配置されています。ポンプによって移動相を送りだし、インジェクターより移動相中にサンプルを注入してカラムに送り、カラムでサンプルを分離します。分離された成分がカラムから出てきたところを検出器で検出し、記録計がクロマトグラムとして描き出します。このクロマトグラムより、様々なデータを読み取ります。各装置の特徴、注意点を表2に示しました。

種 類 特 徴:注 意 点
移動相貯槽 通常ガラス製ビンや三角フラスコが用いられるが、目的によってはステンレス製やテフロン製容器が用いられます。移動相中の不溶性物質の吸入を防止するため、サクションフィルター(またはシンカー)を取り付けた吸入口を移動相貯槽に入れます。
ポンプ 必要な機能的要素
・ 流量、圧力を任意に設定できること
・ 高圧運転(〜20MPa)に耐えられること
・ 無脈流かそれに近いこと
・ 保守、点検が容易なこと
・ 耐薬品性に優れていること
サンプル注入装置 機種によって使用できるマイクロシリンジが異なります。サンプル採取時にマイクロシリンジの外側に付着したサンプルを拭き取らないと、サンプル注入装置の注入孔が汚染されます。
カラム クロマト管に充填剤が詰められたものを意味します。
  • クロマト管
    材質: ステンレス製、ガラス製、ポリプロピレン製、テフロン製など
    構造: 充填剤が流出しないように両端に多孔質焼結フィルター(通常2m)がついています。
    エンドフィッティングタイプは各メーカーによって微妙に異なっています。
    内径: セミミクロ用(1.0 〜 2.0mm)、分析用(3.0 〜 6.0mm)、分取用(10 〜 100mm)
    長さ: ガード用(〜 50mm)、ファストカラム用(10 〜 100mm)、 分析・分取用(30 〜 500mm)、サイズ排除用(300 〜 600mm)
  • 充填剤
    充填剤は、分離モードによって様々な種類があります。(※詳細は表1 HPLC の分類をご参照下さい。)
カラム恒温槽 逆相クロマトグラフィーやイオン交換クロマトグラフィーではカラムの温度コントロールが重要で、±0.5℃以内に保つことが望ましく、水もしくは空気の循環槽が多用されています。
検出器
吸光度検出器:
波長可変型のUV検出器が一般的で安定性は良いが、感度が低く、選択性が高くないのが短所です。
蛍光検出器:
以前は低圧水銀灯を光源とする励起波長固定型が使用されてましたが、最近ではキセノンランプを光源とする波長可変型が普及しています。高い選択性・感度を持っていますが、pHや溶媒に影響を受ける、温度消光がある、励起光源の寿命が短い、どの短所があります。
示差屈折率検出器:
汎用検出器として吸光度検出器や蛍光検出器が適用できない物質の検出に有効ですが、感度が低い、選択性がない、温度変化に敏感、グラジエント溶離法に使用できない、などの短所があります。
電気化学的検出器:
高い選択性・感度を持っているため微量分析に使用されていますが、安定性が良くない、溶存酸素の妨害を受ける、などの短所があります。
記録計 記録計とデータ処理装置が一体化したものが一般的で、ピークの保持時間・面積・理論段数などのデータが自動計算されます。


図3 HPLCの基本装置構成

移動相溶媒

HPLCの移動相として選択、使用する際の留意点を以下に示しました。

  1. サンプル成分を溶解する。
  2. 混和性が良い。
  3. 検出妨害がない。
  4. 可能な限り、低粘度の溶媒を使用する。
  5. カラム温度と溶媒の沸点との温度差を十分に取る。
  6. 安全性が高い。
  7. 安価である。
  8. HPLCグレードもしくはろ過したものを使用する。

次に、分離モード別に移動相としての選択指針を表3に示しました。

表3 選択指針

分離モード 特 徴
順相クロマトグラフィー 一般には低極性溶媒に極性のより高い溶媒を混合し、その混合比率変化で分離係数を調節します。その際、溶媒の極性の尺度である溶媒強度や溶解度パラメーターを参考にします。主に、トルエン、ヘキサン、クロロホルム、酢酸エチル、エタノールが使用されています。
逆相クロマトグラフィー 水、メタノール、アセトニトリル、テトラヒドロフランが多用され、これらの混合比率で分離係数を調節します。また、イオン性物質を含有するサンプルをシリカゲル担体の充填剤で分析する場合、pH2〜7の範囲内の移動相を使用します。この範囲外で使用すると酸性側では固定相の破壊、塩基性側ではシリカゲルの溶解を生じます。pH調整にはろ過したりん酸緩衝液、酢酸緩衝液などが使用されます。
イオン交換
クロマトグラフィー
水に緩衝液を添加し、塩濃度(イオン強度)およびpHで分離係数を調節します。イオン強度が増加するにつれてサンプル成分が早く溶離します。また、陰イオン交換の場合はpHを低くすると分離係数が減少し、陽イオン交換の場合は逆に増大します。陰イオン交換ではアンモニア、アミン類などの陽イオン性緩衝液を、陽イオン交換では酢酸塩、ぎ酸塩、クエン酸塩などの陰イオン性緩衝液を使用します。
サイズ排除
クロマトグラフィー
一般には単一溶媒を移動相として使用し、分離係数を調節するために移動相溶媒を変えることはありません。非水系ではテトラヒドロフラン、クロロホルム、トルエン、ジメチルホルムアミドなどが、水系では水に緩衝液を添加し、移動相のpHやイオン強度を調節して吸着、分配、イオン交換などの作用を抑えます。

定量分析法

クロマトグラムのピーク面積あるいはピーク高さからサンプル溶液中の溶質の組成または含有量を算出するには絶対検量線法や内部標準法などが使用されています。詳細は「高速液体クロマトグラフ分析のための通則」(JIS K 0124:2002)をご覧ください。

絶対検量線

分析対象成分の標準液を3〜4段階の濃度に調製し、各希釈標準液の一定量を導入しクロマトグラムを記録してピーク面積を測定します。次に導入された希釈標準液中の分析対象成分の量を横軸に、ピーク面積を縦軸にして図4に示すような検量線を作成します。なお、検量線は測定点を代表するように引きます。
同一条件の下でサンプルを導入し、クロマトグラムを記録し、ピーク面積(y)から検量線によって分析対象成分の量(x)を求め、サンプル中の濃度を算出します。
この方法は、全測定操作を厳密に一定条件にして行わなければなりません。
この測定方法を外標準法ともいいます。


図4 絶対検量線法での検量線

内部標準法

一定濃度の内標準物質※1を含む、3〜4段階の濃度※2の分析対象成分希釈標準液を調製します。各希釈標準液を一定量導入し、クロマトグラムを記録してピーク面積を測定します。
次いで、導入された分析対象成分の量(MX)と内標準物質の量(MS)との比(MX/MS)を横軸に、分析対象成分のピーク面積(AX)内標準物質のピーク面積(AS)との比(AX/AS)を縦軸にして、図5に示すような検量線を作成します。なお、検量線は測定点を代表するように引きます。次に、サンプル溶液に、希釈標準液とほぼ同じ濃度になるように内標準物質を添加※3した測定用サンプル溶液を調製し、希釈標準液と同一条件の下で導入してクロマトグラムを記録します。
クロマトグラムから分析対象成分のピーク面積(AX')と内標準物質のピーク面積(AS')との比(AX'/AS')を算出し、検量線から分析対象成分量と内標準物質の量の比を求め、導入された内標準物質の量から分析対象成分の量を算出します。これからサンプル中の分析対象成分の濃度を求めます。


図5 内部標準法での関係線

※1:内標準物質には、分析対象成分と化学的性状が類似し、そのピークが分析対象成分の位置になるべく近く、サンプル中の成分ピークとも完全に分離する安定なものを選択します。
※2:検量線が原点を通る直線であることがあらかじめ確かめられている場合は、分析対象成分の濃度を一点だけとしてこれを導入した場合のAX/ASを測定し、これに基づいて検量線をもとめてもよい。
※3:サンプル溶液に内標準物質を添加したとき、分析対象成分と内標準物質の濃度に変化を生じさせる沈殿などの化学変化があってはなりません。