① 逆相クロマトグラフィー用充填剤の相互作用の違いによる分離への効果
はじめに
逆相クロマトグラフィーは優れた分離能、高理論段数、使いやすさなどの理由により広範囲の化合物の分離に用いられています。逆相クロマトグラフィーに使用するカラムとしては、オクタデシル基結合型(C18, ODS)充填剤を用いたカラムが最も汎用的に使用されています。しかし、C18 型カラムはアルキル基由来の疎水性相互作用によってサンプルの疎水性の大きさを識別するために、疎水性の類似したサンプルに対する分離能が低いという問題点があります。
近年、LC-MS の発達によりカラムでの高度な分離が必ずしも必要でない場合もありますが、分子量が同じ異性体は MS での識別は不可能であり、カラムでの分離が必要であると考えられます。
カラムによって疎水性が類似する化合物の高分離を達成するには、何らかの工夫が必要となります。例えば、移動相を変える、カラム長を長くする、分析温度を変えるなどがありますが、疎水性以外の相互作用をもつ充填剤を使用して分離パターンを変えることは最も有効な解決手段であると考えられます。
コスモシール逆相クロマトグラフィー用充填剤は、表 1 に示すようなさまざまな相互作用を持つ充填剤を取り揃えています。
サンプルの保持は相互作用の総和によって決定されるため、それぞれの相互作用を理解することはサンプルに適したカラムを選択するために有用です。この資料ではサンプルの官能基からそれぞれの相互作用について紹介します。
表 1 充填剤の固定相構造と主な相互作用
充填剤 名称 | C18 -MS-II | C18 -AR-II | Cholester | PYE | πNAP | PE-MS | NPE | PBr | PFP | C8 -MS |
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シリカゲル | 全多孔性球状シリカゲル | |||||||||
平均 粒子径 |
5 µm | |||||||||
平均 細孔径 |
約 120 Å | |||||||||
比表面積 | 約 300 m2/g | |||||||||
固定相 構造 |
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化学 結合基 |
オクタデシル基 | コレステ リル基 |
ピレニル エチル基 |
ナフチル エチル基 |
フェニル エチル基 |
ニトロ フェニル基 |
ペンタブロモ ベンジル基 |
ペンタフルオロ フェニルプロピル基 |
オクチル基 | |
結合形式 | モノメリック | ポリメリック | モノメリック | |||||||
主な相互作用 | 疎水性 | 疎水性 | 疎水性 分子形状 |
疎水性 π-π 分散力 分子形状 |
疎水性 π-π |
疎水性 π-π |
疎水性 π-π 双極子 |
疎水性 分散力 |
疎水性 π-π 双極子 |
疎水性 |
疎水性:疎水性相互作用 / π-π:π-π相互作用 / 分散力:分散力相互作用 / 分子形状:分子形状認識能 /双極子:双極子-双極子相互作用 | ||||||||||
エンドキャッピング | あり | |||||||||
炭素 含有率 |
約 16 % | 約 17 % | 約 20 % | 約 18 % | 約 11 % | 約 10 % | 約 9 % | 約 8 % | 約 10 % | 約 10 % |
1. 極性基に対する選択性
選択性評価
ベンゼンとベンゼン環に極性基であるニトロ基あるいはメトキシ基が結合した分子構造をもつサンプルを分析し、極性基に対する選択性を評価した図とクロマトグラムの一部を示しました。C18 では疎水性の大きさの順にサンプルが溶出するので極性基であるニトロ基やメトキシ基は保持を小さくする効果があります。
一方、芳香環を固定相にもつ充填剤ではサンプルと固定相の間にπ-π相互作用が働くため、ニトロ基やメトキシ基は保持を大きくする効果があり C18 とは溶出順が逆転します。π-π相互作用の大きさは芳香環の数が多い PYE やニトロ基を持つ NPE で大きくなりました。
移動相については、アセトニトリルはπ電子を多く持つため、サンプルと固定相とのπ-π相互作用を阻害します。そのためπ-π相互作用を利用する場合にはメタノール系の移動相の方がより有利だと考えられます。
5C18-MS-II | 5PE-MS |
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5πNAP | 5PYE |
分析条件 | |||
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カラムサイズ | 4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
移動相 | メタノール:水=50:50 | ||
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
分析例
トルニトリルの位置異性体の分離
トルニトリルはベンゼン環に極性基であるニトリル基と疎水性基であるメチル基をもつ化合物であり 3 種の位置異性体が存在します。C18 やπ−π相互作用の小さい PE-MS ではオルト位とパラ位の分離が不十分でした。一方、強いπ−π相互作用を示す PYE や NPE では 3 種が完全に分離できました。そして PYE は NPE と異なりメタ位とパラ位の溶出順が逆になりました。
5C18-MS-II (メタノール:水=40:60) |
5PE-MS (メタノール:水=40:60) |
---|---|
5PYE (メタノール:水=60:40) |
5NPE (メタノール:水=40:60) |
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラムサイズ | 4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル | o-Tolunitrile (2.0 µg) m-Tolunitrile (2.0 µg) p-Tolunitrile (1.0 µg) |
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
2. 双極子に対する選択性
選択性評価
ナフタレンとナフタレン環にメチル基やニトロ基が結合した分子構造をもつサンプルを分析し、双極子に対する選択性を評価した図とクロマトグラムの一部を下記に示しました。C18 ではニトロ基は保持を小さくし、メチル基は保持を大きくする効果がありました。芳香環を持つ充填剤ではπ−π相互作用によりニトロ基は保持を大きくする効果があり、C18 とは溶出順が逆転しました。
次にジニトロナフタレンの溶出順序について、C18 や PYE などは 1,5-ジニトロナフタレンを長く保持するのに対して、NPE だけは 1,8-ジニトロナフタレンを長く保持しました。ニトロ基は電子吸引性基であり、ニトロ基が片側に偏っている分子構造をもつ 1,8-ジニトロナフタレンでは大きな双極子が生じます。NPE の固定相であるニトロフェニル基にも双極子が生じており、双極子−双極子相互作用により 1,8-ジニトロナフタレンを長く保持したと考えられます。
5C18-MS-II (メタノール:水=80:20) |
5NPE (メタノール:水=70:30) |
5PYE (メタノール:水=90:10) |
---|---|---|
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラムサイズ | 4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
分析例
フタロニトリルの位置異性体の分離
フタロニトリルはベンゼン環に電子吸引性基であるニトリル基が 2 個結合した化合物であり 3 種の位置異性体が存在します。 C18 では分離が不十分ですが、NPE や PYE ではπ−π相互作用により分離ができています。 また、NPE では大きな双極子をもつオルト位を強く保持しています。
5C18-MS-II (メタノール:水=30:70) | 5NPE (メタノール:水=40:60) | 5PYE (メタノール:水=80:20) |
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分析条件 | |||
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カラムサイズ | 4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル | o-;Phthalonitrile (0.3 µg) m-;Isophthalonitrile(3.0 µg) p-;Terephthalonitrile(0.15 µg) |
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
3. 多環芳香族化合物に対する選択性
選択性評価
ベンゼン環の構成数が異なるベンゼン、ナフタレン、アントラセンを分析し、ベンゼン環に対する選択性を評価した図とクロマトグラムの一部を下記に示しました。
ベンゼン環の構成数が増加するにつれて疎水性が大きくなるため、すべてのカラムで保持が増加しましたが、特に PBr、PYE での保持の増加が顕著でした。PBr は疎水性相互作用の他にも固定相の 5 個の臭素原子によって大きな分散力を示すため、電子が動きやすく大きな分散力をもつ多環芳香族をより強く保持したため高い選択性を示したと考えられます。また、PYE では疎水性、分散力に加え、π−π相互作用が働いていると考えられます。
5C18-MS-II (メタノール:水=90:10) |
PBr (メタノール:水=90:10) |
5PYE (メタノール:水=80:20) |
---|---|---|
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラムサイズ | 4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
分析例
ジベンゾスベロン、ジベンゾスベレノンの分離
2 個のフェニル基がビニレン基で結合した分子構造をもつジベンゾスベレノンとメチレン基で結合した分子構造をもつジベンゾスベロンとの分離を行いました。C18 はジベンゾスベロンを長く保持しましたが、PBr と PYE は共役した分子構造をもつジベンゾスベレノンをより長く保持しました。
5C18-MS-II (メタノール:水=80:20) |
PBr (100%メタノール) |
5PYE (メタノール:水=90:10) |
---|---|---|
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラムサイズ | 4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
4. 分子形状認識能
選択性評価
4 つのベンゼン環より構成され結合位置の違う多環芳香族の異性体の分析を行いました。これらの化合物は疎水性や芳香性がほぼ同じで分離が困難ですが、分子形状の違いを識別できるカラムでは分離が可能となります。下記に分子形状に対する選択性を評価した図とクロマトグラムの一部を示しました。C18 では低い選択性しか示しませんでしたが、PYE や Cholester は高い選択性を示し分離することができました。
5C18-MS-II
(メタノール:水=90:10) |
5PYE (メタノール:水=90:10) |
---|---|
Cholester (100%メタノール) |
5PE-MS (メタノール:水=80:20) |
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラム サイズ |
4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
分析例
ジアステレオマー(threo 体、erythro 体)の分離
C18 ではほとんど分離できていませんが、PYE ではかさ高い分子構造をもつ threo 体よりも平面な分子構造をもつ erythro 体をより強く保持するため完全分離が達成できました。
5C18-MS-II | PYE |
---|---|
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラム サイズ |
4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
移動相 | メタノール:水=80:20 | ||
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
5. ハロゲン化物に対する選択性
選択性評価
ベンゼン環にメチル基、塩素、臭素が結合した分子構造をもつサンプルを分析しハロゲン化物に対する選択性を評価した図とクロマトグラムの一部を下記に示しました。
PBr は 5 個の臭素原子に基づく分散力によって、電子が動きやすく大きな分散力をもつクロロ基やブロモ基に対して高い選択性を示しました。また、 PYE も PBr よりは小さいながらピレン環に基づく分散力が働いていると考えられます。
5C18-MS-II | PBr |
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5PYE | |
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラム サイズ |
4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
移動相 | メタノール:水=60:40 | ||
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
分析例
ハロゲン化ベンゼンの分離
PBr は、分子量の大きいハロゲンをより強く保持する特性があるため、C18 では分離できないハロゲン化合物を分離することができます。
5C18-MS-II | 5PFP | PBr |
---|---|---|
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラム サイズ |
4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
移動相 | メタノール:水=65:35 | ||
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm | 注入量 | 1.0 µL |
6. 疎水性に対する選択性
選択性評価
アルキル鎖長の異なるアルキルベンゼンを分析し、疎水性の大きさを示す図とクロマトグラムの一部を下記に示しました。
シリカゲルとの結合形式が異なる 2 種の C18 と Cholester はほぼ同程度の疎水性の大きさを示しました。他のカラムは C18 と比較して小さな疎水性相互作用を示しました。
5C18-MS-II | Cholester |
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PBr | 5PYE | 5NPE |
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分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラム サイズ |
4.6 mmI.D.×150 mm | サンプル |
|
移動相 | メタノール:水=80:20 | ||
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |
保持時間の調整
逆相クロマトグラフィーでは移動相の有機溶媒濃度を下げると保持は大きくなります。今回評価したカラムの中で最も疎水性相互作用の小さい NPE ではメタノール濃度を 20 %下げると C18 と同程度の保持時間になりました。
分析条件 | |||
---|---|---|---|
カラム | 5NPE 4.6 mmI.D.×150 mm |
サンプル |
|
流速 | 1.0 mL/min | ||
温度 | 30℃ | ||
検出 | UV 254 nm |