クロマトグラフィー
C18 カラムでは分離困難な食肉に含まれる高親水性のイミダゾールジペプチドの高速分析
本ページを PDF でご覧になりたい方はこちら<TN-35>
はじめに
食肉中に含まれている抗酸化作用や抗疲労効果を有するイミダゾールジペプチド(IDPs)を、コスモシール PBr カラムを用いてシングル四重極質量分析計(LC-MS)で高速分析することができましたので、紹介します。本研究成果は、Journal of Chromatography B. 2025;1262:124660. に掲載されています。本研究は、京都大学大学院 農学研究科応用生物科学専攻 動物栄養科学分野 友永 省三 助教との共同研究成果です。
IDPs について
IDPs は、イミダゾール基をもつヒスチジンが結合したジペプチドの総称であり、代表的な IDPs として、カルノシン、アンセリン、バレニンおよびホモカルノシンが知られています(図 1)。IDPs は、哺乳類や鳥類、魚類の筋肉組織中に存在し、抗酸化作用や抗疲労作用などの機能を有する成分として注目されており、健康食品素材としても広く市場に流通しています。そのため、食品中の IDPs をハイスループットに分析する技術の確立が求められています。

図 1. 4 種類の IDPs の構造式
IDPs は親水性が高いことから、C18 カラムを用いた逆相モードでは分析することが難しく、HILIC モードでの分析やラベル化法(誘導体化法)での分析例が報告されています。しかし、HILIC モードは分離機構が C18 カラムと異なることから条件設定が煩雑であり、ラベル化法は工程が多く、分析までに時間を要することから、いずれもハイスループット分析には適していません。弊社では、コスモシール PBr カラムを用いたさまざまな親水性化合物の一斉分析に成功していることから 1、 2)、コスモシール PBr カラムを用いて逆相モードで食肉中の IDPs の高速分離・定量を試みました。
C18 カラムと PBr カラム、PFP カラムを用いた IDPs の分離能の比較

Conditions | |||
---|---|---|---|
Column | COSMOSIL 3C18-AR-Ⅱ 2.0 mm I.D. × 100 mm COSMOSIL 3PBr 2.0 mm I.D. × 100 mm COSMOSIL 5PFP 2.0 mm I.D. × 100 mm |
Detection | UV 220 nm |
Sample |
|
||
Mobile phase | 20 mmol/L Ammonium Formate | ||
Mode | Isocratic(0-5 min) | ||
Flow rate | 0.2 mL/min | Sample conc. | 50 μg/mL |
Temperature | 40℃ | Inj. Vol. | 0.5 μL |
図 2. 4 種類の IDPs の HPLC クロマトグラムと使用カラムの固定相構造
C18 カラムや PFP カラムでは保持が小さく、4 種類の IDPs を分離することはできませんでした(図 2)。一方、PBr カラムは、高親水性の IDPs を保持し、ベースライン分離することができました(Rs > 1.5、図 2)。
LC-MS を用いた IDPs の分離・検出条件の最適化
食肉中には高濃度の IDPs が含まれることから、カラムサイズや脱溶媒温度を変更し、分離・検出条件を最適化しました。

LC conditions | |
---|---|
Column | COSMOSIL 3PBr 3.0 mm I.D. × 150 mm |
Mobile phase | 20 mmol/L Ammonium Formate |
Mode | Isocratic(0-10 min) |
Flow rate | 0.3 mL/min |
Temperature | 40℃ |
Inj. Vol. | 0.3 μL |
MS conditions | |
---|---|
Ionization | ESI/APCI(positive mode) |
Mode | SIM |
Nebrizing gas flow | 2.0 L/min |
Drying gas flow | 5.0 L/min |
Heating gas flow | 7.0 L/min |
DL temperature | 200℃ |
Desolvation temperature | 500℃ |
Interface voltage | 3.0 kV |
図 3. 4 種類の IDPs と IS の LC-MS クロマトグラム

LC conditions | |
---|---|
Column | COSMOSIL 3PBr 3.0 mm I.D. × 150 mm |
Mobile phase | 20 mmol/L Ammonium Formate |
Mode | Isocratic(0-10 min) |
Flow rate | 0.3 mL/min |
Temperature | 40℃ |
Inj. Vol. | 0.3 μL |
MS conditions | |
---|---|
Ionization | ESI/APCI(positive mode) |
Mode | SIM |
Nebrizing gas flow | 2.0 L/min |
Drying gas flow | 5.0 L/min |
Heating gas flow | 7.0 L/min |
DL temperature | 200℃ |
Desolvation temperature | 500℃ |
Interface voltage | 3.0 kV |
図 4. 異なる脱溶媒温度における Car と Ans のピーク面積値
カラムサイズを 3.0 mm I.D. × 150 mm、流速を 0.3 mL/min にすることで、4 種類の IDPs と内部標準(IS)である Glycyl-L-leucine(M.W. 188.23)を 10 分以内で良好に分離することができました(図 3)。また、高濃度の IDPs を MS で分析する際、 脱溶媒温度が低温であるとサチュレーションを起こす可能性があることから、異なる脱溶媒温度における高濃度の Car と Ans のピーク面積値を比較したところ、脱溶媒温度が 500℃ の時に MS 感度は最も高くなり、サチュレーションも生じないことが確認できました(図 4)。
PBr カラムを用いた IDPs の分析法バリデーション

図 5. 3 種類の IDPs の検量線
表 1. 3 種類の IDPs の検量線範囲と R2、定量下限値(LOQ)、添加回収率(N = 4)、マトリクス効果(N = 5)

LC conditions | |
---|---|
Column | COSMOSIL 3PBr 3.0 mm I.D. × 150 mm |
Mobile phase | 20 mmol/L Ammonium Formate |
Mode | Isocratic(0-10 min) |
Flow rate | 0.3 mL/min |
Temperature | 40℃ |
Inj. Vol. | 0.3 μL |
MS conditions | |
---|---|
Ionization | ESI/APCI(positive mode) |
Mode | SIM |
Nebrizing gas flow | 2.0 L/min |
Drying gas flow | 5.0 L/min |
Heating gas flow | 7.0 L/min |
DL temperature | 200℃ |
Desolvation temperature | 500℃ |
Interface voltage | 3.0 kV |
※「LC-MS を用いた IDPs の分離・検出条件の最適化」にて最適化した条件で測定しました。
※検量線サンプルは実サンプルと同様の方法で前処理をしています。(各成分の濃度は 400 μL の標準サンプルに、エタノール 3.6 mL を添加した後の濃度で計算)
※筋肉組織中に含まれる Homocarnosine は微量であることから、本実験では分析していません。
各化合物のピーク面積値を IS のピーク面積値で補正したところ、直線的な検量線を作成することができました(図 3、表 1)。 また、Car と Ans、Bal 含有量が比較的多かった豚ヒレ肉を用いて添加回収試験を行ったところ、各 IDPs の回収率は 100.0% ~ 113.5% でした(表 1)。牛ヒレ肉と豚ヒレ肉、鶏ムネ肉を用いて、マトリクス効果を算出したところ、95.5% ~ 109.6% であり、イオンサプレッションおよびイオンエンハンスメントの影響はないことが示されました(表 1)。
サンプルの前処理
食品中には多量のタンパク質や脂質などの成分が含まれています。タンパク質や脂質はカラムに吸着しやすいため、HPLC で分析する際には、前処理によりこれらの物質を除去する必要があります。

図 6. 食肉の前処理方法
エタノールとクロロホルムを用いた液 - 液抽出により、食肉中の夾雑成分を除去しました(図 6)。IDPs の抽出効率を上げるため、抽出処理を 3 回行っています。
食肉中に含まれる IDPs の定量
動物種の違いによって含まれる IDPs の量や種類が異なることが知られていることから、さまざまな食肉を用いて IDPs の定量分析を行いました。本分析では、IDPs の含有量が多いことが知られている鶏ムネ肉のほかに、7 種類の陸上動物のヒレ肉を分析しました。(カンガルーのみモモ肉も分析)
● 動物種の違いによる各 IDPs 含有量の比較

図 7. 動物種の異なる食肉中の IDPs 含有量(N = 5)
表 2. 動物種の異なる食肉中の IDPs 含有量(N = 5)

LC-MS 分析により得られたピーク面積値と検量線の値から、各食肉サンプル中に含まれる成分の含有量を算出した結果、Car 含有量は馬肉が、Ans 含有量はカンガルーのヒレ肉が、Bal 含有量は鹿肉が最も高い値を示しました(図 7、表 2)。カンガルー肉に関して、モモ肉中に含まれる IDPs 含有量を算出したところ、ヒレ肉と比べて低い値を示しました(表 2)。同じ動物種であっても組織によって IDPs 含有量に大きな違いがあることは、Technical Note 34 でご紹介している研究結果と一致しています 3)。
● 動物種の違いによる IDPs 総含有量の比較

図 8. 動物種の異なる食肉中の IDPs の総含有量
表 3. 動物種の異なる食肉中の IDPs 含有量の相対標準偏差(RSD)

* Bal 含有量が LOQ 以下および N.D. のため、RSD を算出できませんでした。
IDPs 総含有量は、カンガルー肉(ヒレ肉) > 鶏肉 > 馬肉 > 鹿肉 > マトン肉 > ラム肉 > 豚肉 > カンガルー肉(モモ肉)> 牛肉の順に高いことが示されました(図 8)。全ての食肉サンプルにおいて、IDPs は相対標準偏差(RSD)< 15% で精度よく分析できました(表 3)。また鶏肉を用いて、各 IDPs の日内再現精度(併行精度)および日間再現性度を評価したところ、いずれも RSD < 15% で精度良く分析できました。(詳細は参考文献をご参照ください)確立した本分析系を用いることで、生体サンプルに含まれる IDPs も迅速に定量可能になることが期待できます。
参考文献
- 食品中に含まれる親水性化合物(ニコチンアミド代謝物)の分析
1)Analytical Biochemistry. 2022;655:114837.
DOI : https://doi.org/10.1016/j.ab.2022.114837
2)MethodsX. 2023;10:102061.(オープンアクセス)
DOI : https://doi.org/10.1016/j.mex.2023.102061 - 食肉中に含まれるイミダゾールジペプチドとその構成アミノ酸、タウリンの一斉分析
3)Journal of Agricultural and Food Chemistry. 2024;72:27538-48.
DOI : https://doi.org/10.1021/acs.jafc.4c07391
※Featured on Supplementary Cover
Supplementary Cover のカバーアート
関連資料
関連動画
サンプルの前処理方法を動画で公開していますので、参照ください。
食肉中に含まれるイミダゾールジペプチドの分析 ~実サンプルの前処理方法~
価格表
本研究で使用した製品
COSMOSIL / コスモシールはナカライテスク株式会社の登録商標です。
TORAST は株式会社島津ジーエルシーの登録商標です。
関連製品
※掲載内容は予告なく変更になる場合があります。